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人が生きていれば、当たり前のように腹が立ちます。
それはとても自然なことです。

怒っている時や怒っている人をイメージすると大きな声で、動作も大きいなど
とてもエネルギッシュです。
その怒りのエネルギーをうまく使えば生産的にもなりますが、
逆に、間違えれば破壊的になってしまいます。

だからかもしれませんが、他人が怒ること、自分が怒ることや自分の怒りを認めることを
人間として未熟であるとか、感情的で子どもっぽいなどと極端に嫌う方がいらっしゃいます。
時には自分の中での怒りをごまかし、持て余し
いつまでもイライラ、モヤモヤとすっきりしない感じを持ち続けたり、
身体症状として抱えたりする方もいらっしゃいます。

怒りを嫌う理由は、きっとさまざまでしょう。
ただ、注意していただきたいのは、怒る(怒りを感じ取る)ことと
怒りをそのまま表現することや怒りから相手を攻撃することとは違うということです。

腹が立ったからといって考えなしに怒りを表現してしまえば、
社会的な立場や相手との関係によっては不利益を被ってしまいます。
例えば、上司の言い方が気に入らなくて腹を立てて、
食って掛かれば上司からの評価が下がってしまうかもしれないリスクもあります。
だから、腹が立ってもぐっと堪えることもあるでしょうし、
抑えきれず、そのまま怒りを表現してしまうこともあるでしょう。
どちらの行動をとったとしても、行動の結果は良し悪しにかかわらずついてきます。
ですから、腹が立っても、怒りを表現するかしないかを
その時々で選択できるといいと思いますし、しているはずなのです。

つまり、怒りを表現するか否かは、その感情の持ち主である本人が
選んで決めているということになります。

「相手を怒らせた」「相手に怒らされた」ということは、
自分が怒るきっかけを相手がつくったという意味ではそうかもしれませんが、
人が何で怒るかは、人ぞれぞれ違いますし、その時の気分によっても違います。
ですから、相手が本当に自分を怒らせるために行動したのなら別ですが、
ついうっかりとか、相手が怒るとは知らずとか、よかれと思ってしている場合さえあります。
さらに、怒りを表現をする、しないの選択も怒っている自分が決めていることなので、
怒られた相手にその責任は取れません。

怒りはそのまま「怒る」という以外にもスポーツや芸術など出し方はいろいろあります。
ため込んで爆発させるのではなく、小さな怒りに気づいて、その都度出すなど
うまく怒りをコントロールできるようになれば、怒りはそんなに悪者ではありません。
しかし、怒りを嫌う人に限って怒りをため込みやすい傾向があるようです。

どうしてもカッとなりやすく、ふと気づくと怒ってしまっているという方は、
その後に「あっ、まただ」、「あっ、やっちゃった」など人によって違いますが、
理性がよぎる瞬間があると思います。
それに気づいたら、いつまでも怒りの中に居続けるのではなく、
怒りと距離をとってみてください。
別のことに気をそらすなど精神的にでも、
物理的にその場から立ち去ってもいいかもしれません。
そして、怒りをあらわにしてしまった自分を責めるのでなく、
怒りと少し距離をとれた自分を認めてあげてはいかがでしょう。

怒りをコントロールして
怒りとうまく付き合えるようになると少しは生きやすくなるのかもしれません。

 
2006年07月26日  ↑ページトップへ