「労働問題」認識が必要

 最近、「職場のいじめ」が多発している。その背景には、成果主義の導入など職場の労働環境が厳しくなっていることも考えられるという。とかく個人的なことと片付けられがちだが、企業側には職場の安全衛生や人権問題としての対応が求められている。

 【事例1】横浜の企業に勤めるUさん(54)は現在の部署に移って一年。Uさん以外は30代、40代だ。チームを組んで仕事をするが、パソコンが苦手でミスの多いUさんは、同僚から「給料は高いのに」と嫌みを言われる。連日のように浴びせられるあからさまな非 難の言葉に職場に行くのも辛い。しかし、妻にも上司にも相談できずに悩んでいる。

 【事例2】調理師を目指すMさん(42)は、東京都内の介護施設の調理場で働いていた。床に落ちた揚げ物をお皿に盛るような不正が日常化しており、リーダーに訴えたが、逆にリーダーからいじめられ、仲間はずれに。さらに職場の実態を所長に直訴したところ「嫌なら辞めたら」と言われた。我慢できず、Mさんは辞めた。

 両ケースとも、同僚や部下も加わったいじめだが、パワーハラスメント(パワハラ)と呼ばれる、上司から部下への行為も「職場のいじめ」だ。

 東京都の労働相談で「職場のいじめ」(セクハラを除く)は、1998年度は1903件だったのが、2004年度は4012件。七年間で二倍以上に増えた。

 目立ち始めたのはリストラの盛んだった数年前。最近、「パワーハラスメントなんでも相談」(日本評論社)を出版した労働ジャーナリストの金子雅臣さんは「リストラは一段落したが、いじめは減らず、内容も背景も変質している」と語る。

 金子さんによると、先のUさんのようなケースは「労働強化」の職場、Mさんのようなケースは「モラルダウン」した職場によくあるという。それ以外にもさまざまないじめがある(表参照)。中には自殺に追い込まれたケースも。

 中央労働災害防止協会は今年、企業の人事担当者を対象に「パワーハラスメントの実態調査」を実施。今月中旬に報告書が出されるが、回答企業の43%が「ときおり発生」「発生したことがある」としている。また、パワハラやいじめの「定義を確立してほしい」と いう声も多数に上った。

 パワハラ対策の企業研修やセミナーを行っているクオレ・シー・キューブ(東京都新宿区、岡田康子社長)によると、ここ数年、官庁、大企業、大学、病院などが職場のいじめ対策に熱心だという。「企業のリスク管理の一環として、経営者らは強く意識している」と同社。

 金子さんも「組織は変わったが、管理職の意識は旧態依然だ。いじめは個人的なことと片付けられがちだが、管理職の役割は大事。そのため部下の意見に耳を煩ける『コーチング』などを導入する企業が増えている」と指摘する。

 フランスでは職場のいじめ対策のために労働法規に「モラルハラスメント条項(02年1月公布)」を設けた。労働者が「いじめに遭った」と訴えれば、会社側が反証できない限り、会社の責任が問われる厳しい法律だ。

 金子さんは、いじめ裁判で「職場の安全配慮は使用者の責任」という判決が出ている点に注目。「誰もが安全に働く権利を保障した法制化を検討する時」と提案する。

 「労働問題は、かつては賃金などの労働条件が主要テーマ。その後は、労働時間、仕事のやりがい探し、そして最近では職場の人間関係。その中に職場のいじめがある。労働問題としての取り組みが不可欠だ」

■タイプ別「職場のいじめ」■
リストラ型 (解雇せずに自己退職に追い込む)
仕事を取り上げ、トイレ掃除や雑用だけやらせる。
職場環境型 (閉鎖的な職場)
時間外もつき合わせ、拒否したらいじめる。
人間関係型 (人間関係の摩擦)
仕事のやり方で店長と口論し、契約更新を拒否された。
労働強化型 (仕事中心主義の職場の人間関係)
納期に追われ、ミスすると見せしめ的に懲罰される。
過剰競争型 (ノルマや成果を問われる競争的な職場)
セールスの成績が落ちると「能力がない」と責られる。
身分差別型 (パートや派遣を差別する)
「パートのくせに」と正社員にいじめられる。
モラルダウン型 (職場の不正が見逃される)
「おかしい」と不正をつくと仲間はずれにされる。
  ※金子さんによる分析

2005年8月11日「中日新聞」より